FC2ブログ

博物館&洋装店の日誌

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

8月3日までの作業

昨日に続いて盆踊りのあんどんの製作作業です
今日は藤堂高虎(津城の殿様)の紙粘土人形に色を塗って復活させました。
IMG_0008[1]


これは、2008年に、まちかど博物館で出展した、藤堂高虎入府400年記念事業で出展したときに作ったものです。
213958_497042446_1large.jpg


以降、ガラクタ小屋の隅でボロボロになって留置されていて、何度も捨てられそうになりながらも残っていたものです。

藤堂高虎入府400年記念事業のときは、藤堂高虎にちなんだものを出展しろ!ということでしたが、
「鉄道おもちゃ博物館」としては、そもそも、高虎の時代には、鉄道がなく、出展しようがなかったのです(笑)
しかし、意地でもなんとか出展してやろうと、無理やり高虎と鉄道?を結びつけて作ったのがこの馬型の遊具に乗った高虎でした(笑)
とても安定がわるく走らせたらすぐに倒れてしまいましたが(^_^;)

手に持っているのは「三つ丸餅」です。
IMG_0011[1]



そのいわれは・・・
津市のホームページからの転載です(笑)

藤堂高虎が、足軽のころに主君のもとを飛び出し、放浪していました。
 三河国吉田宿(現在の愛知県豊橋市)へ差しかかったとき、街道沿いに餅屋を見つけ、あまりの空腹に、銭がないのに餅を注文して、ぺろりと平らげました。食べ終わってから、高虎は店の主人に、無銭飲食であることを正直に白状して謝りました。ところが店主は、寛大な慈悲のある人で、無銭飲食をとがめるどころか、餅を土産として高虎に与え、支払は出世してからでよいと言って許しました。これに感激した高虎は、礼を言って立ち去りました。のちに大名に出世した高虎は、「白餅」を「城持ち」にかけて、藤堂家の旗印「白もち三つ」としました。大名になってから高虎は再び吉田宿を訪れて、餅屋の店主に丁重なお礼をしました。この逸話は、文献資料には明記がありませんが、藤堂藩家老の中川蔵人の日記に記されています。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://tetuomo.blog.fc2.com/tb.php/61-21dd08d2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

 | ホーム | 

FC2Ad

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。